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2. 造血幹細胞グループ(責任者:横田)

 造血幹細胞は、自己を複製しながら生涯にわたって血液細胞を供給する能力を持っています。臨床医療では、血液の難病に対する移植治療の根幹を支えている重要な細胞です。私達の研究グループは、造血幹細胞を生体外で増幅して移植治療や再生医療に役立てること、造血幹細胞に人為的な操作を加えることによって血液の難病に対する新しい治療の開発に役立てることを最終目標として、その生理的な性質の解析に取り組んでいます。

(1)造血幹細胞の表面抗原とその機能的役割

 造血幹細胞が発現する表面抗原の情報は、造血幹細胞の純化技術を向上させ、造血幹細胞の本質を理解して行く上で極めて重要です。私達の研究グループは、マウスの胎児肝臓に含まれる造血幹細胞分画と早期リンパ球前駆細胞分画の発現遺伝子を比較し、血管内皮関連蛋白質の一つであるendothelial cell-selective adhesion molecule (ESAM)が、造血幹細胞の表面マーカーとして有用であることを発見しました(図1)(1)。この成果は、造血幹細胞の研究に大きく寄与するものとして、血液学の専門誌Bloodの巻頭で紹介されました(2) (http://www.bloodjournal.org/content/113/13/2871.long)。
 継続した研究で、ESAM は定常状態の造血幹細胞だけではなく、活性化状態の造血幹細胞を識別できるマーカーとして有用であり、さらに造血幹細胞が生理的な役割を果たす上でも重要であることを明らかにしました(3)。また最近の成果として、ESAMが急性期の赤血球造血に必須であること、ESAMがヒト造血幹細胞にも発現しており、ESAMの発現強度を指標としてヒトの骨髄・臍帯血から造血幹細胞を濃縮できること、さらにヒト急性骨髄性白血病症例の多くがESAMを発現していることを報告しています(4),(5)。
 今後の研究の展開ですが、胎生期の造血幹細胞の発生と増幅におけるESAMの機能的意義を明らかにする必要があります。この解析を発展させてESAMの機能を分子メカニズムのレベルで明らかにし、その制御によって造血幹細胞の自己複製的増殖を調節する方法の開発につなげていきたいと考えています。さらにESAMはヒトの急性骨髄性白血病の多くに高発現していることから、ESAMとその関連分子を標的とした新しい治療への応用を目指したいと考えています。

(2)造血幹細胞の増殖と分化を調節する環境の解析 —造血幹細胞と血管内皮細胞の相互作用—

 私達の研究グループは、gp130というサイトカン受容体を欠損させたマウスの解析から、造血幹細胞の正常な分化・増殖において血管内皮細胞が極めて重要な役割を果たしていると考えてきました(6)。ESAMに関する研究においても、抗癌剤投与というストレスを受けて活性化した造血幹細胞はESAM強陽性となり、そのほとんどが骨髄類洞の血管内皮周囲に存在することが分かっています (図2)(3)。この見解は、造血幹細胞を支持する骨髄微小環境(造血幹細胞ニッチ)の主たる構成要素が、血管内皮細胞であることを示す最近の論文にも合致するものです(7)。私達は、骨髄内あるいは胎児肝臓内に存在している血管内皮細胞が、ESAMを含む血管内皮関連抗原の機能を介して、造血幹細胞と密な互恵関係にあると考えており、これらの分子メカニズムを精緻に解析することによって、造血幹細胞のみならず造血環境の体外増幅への鍵が見つかると考えています。

(3)造血幹細胞の内的変化 —老化とエピジェネティックな変化の観点から−

 真核生物の細胞核内に保存される遺伝子情報の発現は、その細胞が果たすべき役割に応じて適切に制御されています。膨大な遺伝子情報の中から、必要なものを適切に選択し不必要なものを抑制する分子機構において、遺伝子発現を階層的に調節する転写因子群に加え、多くの遺伝子の発現を包括的に制御するエピジェネティックな機構が近年注目されるようになりました。造血幹細胞の自己複製と分化においても、ジェネティックな機構とエピジェネティックな機構が相補的に働き、遺伝子発現を精巧に調節していると推測されます。
 私達の研究グループは、独自に開発した造血幹細胞と早期リンパ球前駆細胞を分離する方法(8)を用いて解析を行い、造血幹細胞がリンパ球系へ分化する第一歩目にspecial AT-rich sequence binding protein 1 (SATB1)という核内蛋白質が重要な役割をしていることを発見しました。SATB1は、ゲノム全体の構造を調節するエピジェネティックな機構を介して、多くの遺伝子の発現を調節する機能を持つ蛋白です(図3)。SATB1の発現量はリンパ球系への初期分化に伴って増加し、機能的にもリンパ球系への運命決定に強く関与していました。SATB1を欠損させたマウスの造血幹細胞では、リンパ球への分化能力が顕著に障害されていました。
 造血幹細胞は、老化に伴い造血機能が低下し、特にリンパ球を産生する能力を失います。このメカニズムには多くの分子が関与していると推測され、造血機能の老化を克服する観点から重要な研究課題です。私達は、SATB1が造血幹細胞分画に低いレベルで発現しているものの、老化にともなってその発現量が顕著に低下することを見出しました。そこで、老化した造血幹細胞に外来的なSATB1の発現誘導を行いました。その結果、老化した造血幹細胞のリンパ球産生能力が、部分的に回復するという結果を得ました(9)。 (http://www.osaka-u.ac.jp/ja/news/ResearchRelease/2013/06/20130625_1)。この結果は、老化研究が注目されている現状もあって、社会的に大きく採り上げて頂きました(http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG2504E_V20C13A6CR8000/,
 http://n-seikei.jp/2013/06/post-16599.html, http://usfl.com/news/20658, http://www.sankei.com/west/news/130629/wst1306290071-n1.html, http://news.livedoor.com/article/detail/7816381/) 。
 今後の研究課題として、造血幹細胞においてSATB1がどのような蛋白質と協調して働き、どのような遺伝子群の発現を直接的に制御するのか明らかにする必要があります。さらにその知見に基づき、老化や疾患に伴う造血幹細胞の機能不全の克服を目指したいと考えています。

(4)おわりに

 私達の研究グループは、紹介した研究以外にも、骨髄中の間質細胞の性質・妊娠期の母体の造血機能変化の分子メカニズムなど、色々な課題に取り組んでいます。基礎的な研究以外にも、ヒト造血幹細胞移植に関連した臨床研究も計画しています。研究課題の選択に関する制約は特になく、基本的に自由です(もっとも医学から離れた研究課題はちょっと困りますが、、、)。大学院生・ポスドクは、それぞれの興味を大切にして課題を選んでいます。
 臨床の研究室ですので、日々の診療に最善を尽くしつつ、医学の発展へとつながることを切に望み研究に携わっております。研究にすべての時間とエネルギーを投入できる環境ではありませんが、メンバーがそれぞれ力を貸しあい、チームとしての有機的な連携を大切に頑張っています。ご興味のある方は、是非ご連絡ください!

図1. 胎児肝臓の造血幹細胞分画におけるESAMの発現
胎生14.5日目のRag1/GFPノックインマウス胎児肝臓からRag1/GFP陰性細胞を分離し、それらを抗ESAM, c-kit, Sca1抗体を用いてflow cytometryで解析した。(文献(1)より引用)


図2. 骨髄中のESAM陽性造血幹細胞の分布
A. 5-FU投与前(左)と投与後5日目の骨髄組織の免疫染色写真。矢印は巨核球で矢頭が造血幹細胞を示す。B. 造血幹細胞の分布をVE(血管内皮)ES(骨縁近傍)からの距離で評価した結果。(文献(3)より引用)


図3. 造血幹細胞におけるSATB1の機能の想像図
 左:造血幹細胞の核内で、SATB1はユークロマチン領域に分布し、“鳥かご様構造”を形成する。右:SATB1はクロマチンループ構造を誘導し、ヒストン修飾酵素や転写因子をリクルートして、多数の遺伝子の発現を時間的・空間的に制御していると考えられる。(文献(10)より改変引用)


参考文献
1. Yokota T, Oritani K, Butz S, Kokame K, Kincade PW, Miyata T, Vestweber D, Kanakura Y.  The endothelial antigen ESAM marks primitive hematopoietic progenitors throughout life in mice.  Blood 113:2914-2923 (2009).

2. Mikkola H. ESAM: adding to the hematopoietic toolbox. Blood
113:2871-2872 (2009).

3. Sudo T, Yokota T, Oritani K, Satoh Y, Sugiyama T, Ishida T, Shibayama H, Ezoe S, Fujita N, Tanaka H, Maeda T, Nagasawa T, Kanakura Y. The Endothelial Antigen ESAM Monitors Hematopoietic Stem Cell Status between Quiescence and Self-Renewal.  J Immunol 189:200-210 (2012).

4. Sudo T, Yokota T, Okuzaki D, Ueda T, Ichii M, Ishibashi T, Isono T, Habuchi Y, Oritani K, Kanakura Y. Endothelial Cell-Selective Adhesion Molecule Expression in Hematopoietic Stem/Progenitor Cells Is Essential for Erythropoiesis Recovery after Bone Marrow Injury.  PLoS One 11(4):e0154189 (2016).

5. Ishibashi T, Yokota T, Tanaka H, Ichii M, Sudo T, Satoh Y, Doi Y, Ueda T,
Tanimura A, Hamanaka Y, Ezoe S, Shibayama H, Oritani K, Kanakura Y. ESAM is a novel human hematopoietic stem cell marker associated with a subset of human leukemias. Exp Hematol. 44(4):269-281 (2016).

6. Yao L, Yokota T, Xia L, Kincade PW, McEver RP.  Progressive bone marrow failure in mice lacking the cytokine receptor gp130 in endothelial cells.  Blood 106:4093-4101 (2005).

7. Itkin T, Gur-Cohen S, Spencer JA, Schajnovitz A, Ramasamy SK, Kusumbe AP, Ledergor G, Jung Y, Milo I, Poulos MG, Kalinkovich A, Ludin A, Kollet O, Shakhar G, Butler JM, Rafii S, Adams RH, Scadden DT, Lin CP, Lapidot T. Distinct bone marrow blood vessels differentially regulate haematopoiesis. Nature 532:323-328 (2016).

8. Yokota T, Kouro T, Hirose J, Garrett KP, Gregory SC, Igarashi H, Sakaguchi N, Owen JT, Kincade PW.  Unique properties of fetal lymphoid progenitors identified according to RAG1 gene expression.  Immunity 19:365-375 (2003).

9. Satoh Y, Yokota T, Sudo T, Kondo M, Lai A, Kincade PW, Kouro T, Iida R, Kokame K, Miyata T, Habuchi Y, Matsui K, Tanaka H, Matsumura I, Oritani K, Kohwi-Shigematsu T, Kanakura Y. The Satb1 protein directs hematopoietic stem cell differentiation toward lymphoid lineages. Immunity 38:1105-1115 (2013).

10. 横田貴史 「リンパ球の発生・分化と老化」Annual Review血液2015, 中外医学社, 東京, pp10-26 (2015).

2016.6月改